とある勇者の物語(仮)。

〜談話室第一回競作企画

 エターナルチャンピオンもクトゥルフ神話も読み飽いた。黒の剣「ストームブリンガー」も、黄金の蜂蜜酒も、この世の中には所詮ありやしない。いや、なんかミード専門店で黄金の蜂蜜酒って言い回しで広告してたけど。でもまあ、小説で語られているものとは全く違う存在なわけで。
 物語は所詮物語。現実にはそういうスーパーアイテムは存在しなくて、で、今日が期限のレポートはどう考えても間に合わない。
 幼い頃から物語に没入するのが好きだった私を醒めさせたのは、現実の厳しさだった。

「諦めよう……」

 何せ、資料にしようと思っていたのが図ったように全部貸し出し済で、一週間経っても変わらず。他の方面から書こうと思っても資料が見つからない。あまりにどうにもならなくて先生にいい資料ありませんか、と聞いたら未訳の資料を紹介され、どうにか探してきて訳してみたが、訳し終わったのが今朝方。脳がオーバーヒートして解釈が追いつかない。提出、13時。どうせ趣味で余分に取っていた科目なので、落としてもまあ、しょうがないか、とぼんやり宙を仰ぎ見る。
 いや、よくないけど。とはいえ1600字書かないと受け取ってすらもらえないし。……まあ、レポート一通出さなくても試験で超頑張れば可ぐらいはもらえるかもしれないんだけど。でも満点に近くないとたぶんそれも無理なわけで。

「……はぁ」

 現実って、残酷。

「寝よう、寝てしまおう……」

 さすがに、寝不足がひどくて。諦めた途端に一気に寝不足が襲ってきた。ベッドに行くのも怠く、そのままソファに倒れ込む。
 ばたり。

 
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 目が覚めたのは、高笑いの所為だった。
 もう一回言おう。高笑い。ひどい高笑い。

「わーっはっはっはっはっ」

 笑い方に似合わずなんだか若々しい声で、でもとりあえず眠い私には騒音と言うしかない。時計を確認すると、まだ一時間も寝ていなかった。何、これ。
 いい加減に腹が立ったので、騒音の元を探して文句の一つや二つ言ってやろう。そう思って辺りを見回す。
 ……部屋の中には誰もいるはずもなく。カーテンも閉めっぱなしだったので外が見えるわけでもなかった。自分の間抜けさ加減に涙がこぼれる。
 全部寝不足が悪い。そういうことにしてカーテンを引き開ける。……前に。服装をざっと整えた。うっかり忘れていたら、と思うと冷や汗をかく。
 涙とか冷や汗とか、こんな調子だと、水分が足りなくなってしまうんじゃないか、と思いながら、ようやっとカーテンを引き開けた。窓の外を覗いてみると、そこには時代錯誤な服装をした青年が居た。なんだかきんきらきん。目に悪い。  あまりの腹立たしさと眠さで、警察かどこかに連絡したほうがいいんじゃ、という思考は浮かばなかった。今になって思うと、それが一番の間違いだった気がする。
 窓を開けて、思い切り息を吸い込んで、怒鳴った。

「うるさいっ」

 青年は、笑うのをようやくやめた。
 が、それでほっとした私は甘かった。彼は、満面の笑みを浮かべて私に話しかけてきたのだった。

 
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 まあ、うん。細々した話は略そう。長い上に、混乱した会話を延々書き連ねても退屈だろう。……それに、あんな会話を再現する自信もみじんも無ければ、正確に思い出すだけの気力もない。
 その話の結果、何がどうなったのかというと。気がついたら、知らない場所に一人放り出されていた、わけで。

「冗談じゃない……」

 呟いて、首をぶんぶんと振って。頬も抓ってみたけど、普通に痛かった。
 夢だったら、よかったのに。どうやら、現実らしい。……いかにも非現実的な光景ではあったけれど。
 何せ、空が緑色。私の知っている世界では、なさそうだった。……地球上かどうかとか、そういうことに対する判断はひとまずおいても、まあ、知らない世界には間違いない。

「太陽が黄色いね〜」

 なんかのんびりした声が聞こえた。きょろきょろと見回した視点の先に。妖精が居た。
 もう、驚くのもばかばかしくなったので、適当に答える。

「あー、そうだね」

 我ながら、投げやりな答え。だけど、この状況で、気の利いた返答ができる人がいたらお目に掛かりたい。

「だめだよー、そんな投げやりじゃ。仮にも勇者なんだから」
「……はぁ?」

 思わず間抜けな声が出る。何がどうなったら勇者なのか。というか、省略した細々の中にそんな重要な話はなかった。ような気がする。いや、あれは彼の星の言葉ではそういう意味だったのか。日本語だと思った私が悪かったのか。しばし混乱する。

「とゆーわけでー、この近くの洞窟に魔王がすんでいます。頑張って倒して☆」
「……断る」
「帰れないよ?」
「うっ」

 でもなー、レポート落としたしなー、とかいうすごい後ろ向きな考えが脳裏をよぎったが。でもやっぱり、帰れないのは困る。

「で、どうやったら倒せるわけ?」問い返す。
「……がんばれ☆」

 何の役にも立たなかった。妖精に期待した自分が馬鹿だった、と強く思う。所詮役に立つお助け妖精なんて妖精がいる世界にすらいやしないんだ。うん。

 
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 紆余曲折の末に。結局、魔王が住んでる洞窟の前までやってきた。なんだか一度だけなら安全に脱出できるとかいうお守りを拾ったので、行ってみることにしたのだった。なんか、らちあきそうにもないし。
 なお、魔法の魔の字も使えないことがこれまでのいろいろで判明している。魔力とかがあったりしないかとか権威ある占い師に見てもらったが、やっぱりないらしい。
 剣技とかそういう才能もなく。某妖精曰く、「時間ないから、一週間で倒して☆」だとか。……もうやぶれかぶれ、としか言いようがない。
 そして洞窟に潜る。ひんやりした岩壁。真っ暗な中、ランタンを灯して進む。長い長い道。一本道が延々と続いていた。
 いい加減くたびれてきたところで、広い部屋に出た。赤い絨毯が敷いてあって、ああ、魔王っぽい、と思った……けど所詮洞窟は洞窟だよなあ、とちょっと苦笑したり。
 で、玉座っぽいものが視野に飛び込んできた。が、そこに魔王は、いなかった。

「この玉座にきっと仕掛けが……」あったりしたらいいな。という願望をもとに探す。……スイッチがあった。
「押しても大丈夫だと思う?」相変わらずその辺にいた妖精に聞いてみた。
「大丈夫だよ、うん☆」……聞いた自分が馬鹿だった。

 とはいえ、押さないといつまでも帰れないんだろうなあ。ということで、押そう。……と思ったが。

「大丈夫だったら押して」……自分で押す必要はないことに思い至った。
「おにあくまー」
「……いや、大丈夫なんだろ?」
「えぐえぐ。ぽちっとな」

 
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 ごごごごご、という音がして。奥への通路が開いて。奥にはなんか、スクリーンがあった。
 近づいたら、スクリーンに勝手に映像が映って。

『よくやってくれた。君のおかげで私は賭けに勝ったよはっはっは』
 ……悪趣味な金ぴか男が高笑い。

『くっ……』
 なんかすごく沈んでる男が画面の奥に。

『というわけで、君は元の世界に帰してやろう。それでは、レポートとやらを頑張りたまえ』
 金色をしたミードらしき液体をたたえたグラスをかかげ。スクリーンの電源が落ちた。

「というわけでー、飛ばすねー」妖精が言う。
「待て。私は賭けのためにこんな……」

 言い終わる前に、意識がふっと遠くなった。

 
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 気づいたら、そこは自室の中だった。
 TVを付けたら、一日どころか一時間も経っていなかったようで。疲労と、理不尽さばかりが後に残った。

「なぜこんな目に……」そんな言葉だけが、むなしくこだました。

 
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 付記。なんとかかんとか、例の単位はぎりぎりで「可」がもらえた。


ストームブリンガー
黄金の蜂蜜酒
高笑い

の三題でお送りしました。

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背景画像は『AICHAN WEB』内『薔薇の写真館』の画像を加工して利用させていただいています。