夕陽(仮)

〜談話室第二回競作企画

 ――目の見えない生物だけの世界だったら。少しぐらいは、彼と釣り合うのかな。
そんなこと、あるわけないのに。それでも、そんなことを考えたりして。
辛くなるだけなのにね。辛くて、苦しくて。だから……さよなら。

 開いた窓を背に身体を傾ける。時間がゆっくり流れてる感じがして。
ああ、「やめろ」って男の子の声が聞こえる。叫んでる。緑のライン。たぶん下級生。
私なんかを止めてくれるんだ。そう思うと、少し笑えてくる。
でも、彼がどんなに急いでも。頑張っても。もう遅い。重力に引かれて。落ちていく。
夕陽が、とても眩しく感じた。

/――/

 彼のことを意識するようになったのはいつのことだったか、今はもうよく覚えていないけれど。
記憶の片隅に残っているのは、ほんの些細なことだけ。
数学の宿題を級友に教えている姿とか。
「だから、RとABの長さが同じだから、ここから17.9を引けばcの長さが求まるよね」
「じゃあ、R-17.9……?」
「うん。で、Rは(1)で求めた通り」
または、ファンタジー映画の感想を話し合ってるところとか。
「昨日やってた映画、見ました?」
「あー、なんか知らんけど指輪を捨てに行く話みたいだったね」
「それです……って、知らないんですか」
 そんな些細なことばかり思い出す。

 けど、その中に、私と彼が話してる場面は一つとして無くて。
でも、それだけなら。それだけだったなら。遠くから見ているだけでも、よかったのに。
あの一言さえ、耳にしなければ。

/――/

「――――」

 夕方に聞こえてしまった一言。
 それに打ちのめされて。考えれば考えるほど、どんどん沈んでいって。
 自分の存在なんて、取るに足らないものだったって。そうとしか思えなかった。
 朝日を浴びて目が覚めた、その時にはもう。絶望しか残っていなかった。
 昼間も一挙一動を見るたび思い出してしまって。そして、今、夕方――

/――/

何かがつぶれたような音が、響いた。

/――/

『◎月◎日に◆◆高校で女子生徒が校舎から飛び降り自殺した事件について、○○県教育委員会が調査を行ったところ、いじめ等の事実はなかったものとして……』
 かなり前に録画した番組を見終わってそのままぼんやりしていたら、後に挟まっていたニュースが聞こえてきた。そう……彼女は遺書を残しておらず、結局、何が原因だったかは全く不明とされたんだっけ。
「……やな事件だったな」
 封筒を手にして、相方が玄関先から帰ってきた。
「ああ、同級生だったんだっけ?」
「そう。別段、そんなに浮いてもいなかったし、楽しそうに級友と話してた……と思ったんだけどな」
 夕焼けに染まった空の方を見て、ため息をつく。
「そっか……」

 ところで、この封筒、と彼が話し始めて、この話題はここで終わった。
何となくもやもやが残った気がした、けれど。

/――/

 僕は、あのとき、あの人を助けることができなかった。
名前も知らなかったあの人。何であんなことに、なんて尚更分からない。
だけど。目の前で、人が死んだ。そのことは、きっといつまでも深い傷として残り続けるだろう。
もう、同じ光景は、見たくない。そう思った。
だから……そのために、少しでもできることをしよう。夕陽の光を浴びながら、そう誓った。

 ――そして少年は、歩き出す。深い傷を刻みつけたまま。
  一人でも多くの人を救おうという思いを胸に秘めて。でも……それは、また別の話。――

/fin/


R-17.9
目の見えない生物だけの世界
なんか知らんけど指輪を捨てに行く話

の三題でお送りしました。

後書きはそのうち別ページにて。


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背景画像は『AICHAN WEB』内『薔薇の写真館』の画像を加工して利用させていただいています。